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2ヶ月ぶりの血液検査
今日で16歳2ヶ月4日のまーくんです。

masa20100129.jpg

昼間、携帯で撮影。
これ、調子があまりよくないときにする顔…。
確かにね、ちょっとおかしいなと感じるときが多々ある。
この間はふらついて倒れそうになって慌てて夫を呼びに行ったし、
びっちゃん、ナナちん、ひまと続けて旅立ってしまっているし
コワイです、ホントに!!!

そんなまーくん、約2ヶ月ぶりに検査をしてきた。
近所の病院ではなく、点滴処方をしてもらっている病院でね。

今の主治医に診てもらうのは初めて。
単純に数値だけ、そしてその時の状態で
ここまで頑張っていることに驚いていた。
それは前の主治医にも驚かれてはいたんだけど・・。
近所の病院では「看取る」という言葉も出たし
確かにそうなってもおかしくない状態だったもんね。
あれから5ヶ月だよ、まーくん頑張ってる。

血液検査結果は、悪いながらも現状維持かな。

腎不全発覚時の8月17日から・・

 BUN 122、4(8/17) 111、9(8/18)
これ、入院中に静脈点滴をしている中での数値の変化。

入院中に14しかなかったPCVが9に減ってしまった為、ここで点滴中止。

その後の通院の中で数値の変化は以下のとおり。

61、5(8/23) 29、0(9/4) 47、4(9/29) 47、5(11/28)

正常値は29、5までなので、見てのとおりオーバーです。
そして2010年1回目の今回(1月24日検査です)は48、5でした。
検査機器が違うから、こっちの病院での正常値は32、8

 CRE 6、2(8/17) 5、6(8/18) 
これが入院中の検査結果。

5、1(8/23) 3、5(9/4) 3、0(9/29) 3、4(11/28)

CREの正常値は2、1まで。
で、今回の検査では3、2でした。
こっちの病院の正常値は1、8までなので・・高いね。
でも、悪いながらも現状維持という感じではある。

貧血のほうも、同じかな。
近所の病院ではエポで14までしか回復しなかったのがその後20をキープ。
そして今回は24。でも、正常値が違うし、それを考えると同じくらい。

今までも書いているけど、まーくんは内服薬でゲーってしちゃう猫だし
何かに混ぜるという手もつかえない。人間用食材(お肉にしろお魚にしろ)に
全く関心をもたないし、今もネフガードはコレに頼っている。
このフードなら1缶食べてくれるし、ネフガードを混ぜても大丈夫。

ドライは今は完全に腎臓用のみ。
シーバとか、食いが悪い時でも少し食べるぞ!ってやつも買ってあるけど
今のところは出番なし。

輸液も毎日60ml。
今は、心筋症の治療(内服)を一切していないから、
輸液もこれ以上は増やせない。
心臓の薬を飲ませていないことがどうでるかはわからないし、
飲んでいたひまよりもある日いきなり・・という可能性が高いかもしれない。
でも、とにかく内服はストレス大だし、のんきにまーくんペースでを優先。

元々チク(輸液)嫌いなまーくんは、毎日のチクも凄く嫌なんだけど
こればかりはやめられない。間隔をあけてみて数値の変化をみる・・
そういったことも出来るけど、その勇気はない。

体重は2、90キロで変化なしでした。

---------

我が家の最年少の椛も2日に12歳になった。
16歳のまーくんを筆頭に、見事にシニアばかりだ。
身軽だね~なんて思っている睦月も4月には15歳。
年齢が近い子ばかりということは、今回のようなことがあっても
おかしくはないのよね。数匹闘病だっておかしくないし、
続けて亡くなることもありえる話。

ワンコがいなくなってニャンズだけになった我が家。
はたしてニャンズたちはそれをどう思っているのだろう。
静かになったと思っているのかな、ママ独占~とか思っているのかな。
聞いてみたいものだ。。


 
ひまちゃん、永遠の眠り(限定記事)
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失ったあとの気持ち
誰を亡くしても、悲しみは同じ。
悲しくない子なんていない。

でも、びっちゃんのように、病気があって覚悟もしていて、
介護をしている中で「あと数日もつのかな・・」という気持ちが
私の中にあった子と、ひまのようにアッという間にいなくなった子は
うける衝撃が全く違う。

後悔・・・・・本当にそれだけだ。

数日の入院で帰れると思った。
現に、入院した日はそう言われた。

病院に行く前に、食欲もないのかをみる為か
夫が減塩のきびなごをあげようとした時に、ひまは食べようとした。
でも私は検査前には食べさせないようにさせているし、
その時点では入院というあたまもなかったくらいだし
「今は駄目」とひまからきびなごをとりあげた。

最後に食べさせてあげればよかった・・という後悔。
死なないといけない命だったのか、
助けることは出来なかったのかという後悔。

びっちゃんの介護中、ひまはいっぱいいっぱい我慢をしていた。
やきもちやきだったひま、これからがひまとの時間だった。
ドッグランに行こうか?とか、色々話していたのに。

たった2ヶ月ちょっとで悪化した心臓。
元々、この状態で症状が出ないのがすごいというくらいに
悪化はしていたんだけど、それがプツっと切れた。
どうして、なんで、あのタイミングの死だったのかわからない。
死のタイミングを動物は選ぶとは思う。
びっちゃんが私たちを呼んだように・・・。
でも、ある処置をしたあとに、みるみる悪化したひまは
そういった意味でのタイミングを決めていたと思えない。

自分が思っていた以上に、自分でも驚くほどに、
ひまの存在は私の中を大きくしめていて、日がたつにつれ
落ち着くのではなく、辛くなってきている。

松本くんにまた抱っこしてもらいたかったな。
hima20090614-3_20100127165641.jpg

もうこの笑顔を見れないのが心底辛い。
きっと、ほんの少しでも介護が出来ていたら違ったと思う。
覚悟をしなきゃいけない状況でも違ったと思う。

でも・・私の中では急変の死。
獣医師に何を言われようが、急変でしかない。

昨日はひまの夢をみた。
キッチンに行こうとしたらひまが見えて、
でも私はそれが死んでしまったひまだとわかっていて
「お願い、ひま消えないで。ちょっとだけ触らせて」って言いながら
ゆっくりゆっくり近づいていく夢・・。

今まで、こういった亡くなり方をした子がいなかっただけに、
想像もしていない死がこんなに辛いと思わなかった。
死を経験しているのに、今まで以上にきている。

コミュニケーターさんにも、そして友達にも言われているように
私は自分のペースでこれを乗り越えていく。
泣いてもいい、無理に元気になる必要はない。
そう言われるとほっとするし、救われる。

友達と電話をしたり、友達と会ったりもできる、
映画を観に行ったりもしている。
ニャンコたちのことだって出来ているし、ペットロスではないよ。
たまに、とてつもない寂しさにおそわれて号泣するだけ。

あーあ・・
ひまちゃん、私はキミをこんなに好きだったんだね。
大事だったし可愛かったけど、おかしくなりそうなくらいに
愛していたらしい。


 
びっちゃんからの手紙
亡くなるほんの数日前にびっちゃんのACをお願いしていました。
そして、1回のACがすみ(亡くなる3時間ほど前)、コミュニケーターさんが
2回目をしようとした時にはびっちゃんは他界していました。
コミュニケーターさんには数日前から話を聞いていただいたり、
ヒーリングをしていただいたりもしていました。
そして、天使になったびっちゃんからのお手紙も受け取りました。

生前のびっちゃんとのお話の前に、コミュニケーターさんを通して
びっちゃんから届いた手紙を載せます。
今後、ACのこと、そして、ひまの写真(限定記事)も載せます。
ひまは眠りについた後の写真なので、限定記事を見れる方へも
あえてサムネイル表示にしておきます。
パス入力でご覧になる方(ブロともではない方)で見たくないかたは
その記事は読まないように注意してくださいね。

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chibi20090513.jpg

ママ、こんにちは!チビだよ。
今僕がいる所はね、ゆりかごみたいな所なんだよ。
そして僕の周りは、温かいエネルギーが溢れているんだ。
その温かいエネルギーは、沢山の動物の“魂”なんだよ。
みんなが、僕を支えてくれている感じなんだ。
ここでしばらくは、ゆっくり休憩しているから、心配しないでね。

チビとして暮らしたすべての時間は、意味のあることなんだよ・・・
辛かったことも含めてね。・・・1つの旅の経験として、きっと役に立つんだ。
でも今はね、チビとしての幸せだったことだけを想い出して、居眠りしている感じかな。

僕が一番嬉しかったことは、家族ができたこと・・・
あの頃の僕には、叶わないと思っていたことだからさ。
僕は1人ぼっちになったけど、“ご飯が食べられて暮らせれば、これでいいかな?”って
考えていたんだ・・・季節を肌で感じる事も“犬らしいかな”ってね。
僕がいた所から、少し離れたお家に連れて来られた時は、ホントは少しびっくりしちゃった。
葵ちゃんも猫達も、みんな警戒していたからね。
でも、すぐに“ぐっすり眠れる場所”をもらって、ホッと力が抜けちゃった・・・。
ママの匂いもして、安心できる場所だったからね。
やっぱりお家は温かかった・・・。家族がいるって幸せだった・・・。
本当に嬉しかったなぁ~~。

それとさ、みんなが僕を“わかりにくい”って思っていたらしいけど、そうじゃないんだよ。
伝える相手がいない時間が長かったから・・・ただそれだけさ。
でも僕としては、ママに目一杯甘えたつもりだよ。
ご飯を待つ時間だって嬉しかった・・・。
初めての洋服だって、自慢だったんだ!
僕のシッポが、おしゃべりしていたでしょ?
みんなににらまれちゃう時だって、無関心よりずっといいと思っていたんだ。
でも今思えば、まさやは心配してくれていたんだよね。
ヤキモチ焼きの葵ちゃんだって同じだよね。
ブツブツ言っていた女の子達だって、心配してくれていたんだ。
もう少し長く一緒にいられたら、もっと違う僕を見せられたのに、これだけは残念だよ。
でもこのことは、次の楽しみなんだね・・・きっと・・・。

それとね、旅立つ前の僕は、ママが思うほど辛くはなかったんだ。
体は動かなかったけど、心はすごく満たされていたんだ。
そして旅立つ前、眠っている時に夢をみたんだ。
僕や葵ちゃん、猫たちみんなが小さな子供なんだよ。犬や猫のね。
みんな仲良しなのに、ケンカもしたりして、ワイワイしているんだ。
本当の兄弟みたいにね。
ケンカもしてみたかったなぁ~。ず~っとそんな相手もいなかったしね。
でも今の僕は、ケンカはしないけど、1人ぼっちじゃないからね。
だからママ、あんまり悲しまないでね・・・ぐっすり寝ないとダメだよ。

パパにも伝えてね。
パパと僕は男同士だから、あんまりベタベタはしなかったけど、
僕をとっても気にしてくれたよね。沢山助けてもらってありがとう!

そしてね、僕はお家にも行っているよ・・・魂は自由だからね。
みんながいる部屋に行くことが多いかな。
ご飯を作るママの足元にも行ってるよ・・・大好きな場所だからね。
「布団をかければいいのに」って言ったのも、もちろん僕さ。
ママはね、みんなの事が心配でちゃんと寝ないから、「気をつけてね」っていう意味だよ。
本当に心配なんだからさ。パパだって、すっごく心配しているんだよ。
ママは“何でおじさん?”って思ったみたいだけど、
“おばさん”じゃ変でしょ?僕は男だからね。
それに僕は、ママの前におじさんにも親切にしてもらったからね。
だから“おじさん”になっちゃたんだ。へへへッ!!
今度行った時は、前みたいにママと一緒に、日向ぼっこがしたいな。

僕は、ママの温もりをぜったいに忘れないよ・・・僕の宝物だからね。
僕の最期のタメ息はね、「また逢おうね、ありがとう!」
って言ったつもりなんだよ。
もう一度言うね・・・ママ、またいつか逢おうね!
そして、いっぱいありがとう!


2010年1月16日  チビより


 
医療費明細@最後のまとめ
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ありがとうございます(追記・訂正あり)
昨日は出掛ける前に簡潔に書いてしまったので、追記等させていただきます。
投稿の最後への追記ではなく、文章中に追記、訂正をしてあります。



ひまちゃんの死後にいただいたコメントのみ返信させていただきました。
入院以前にいただいたコメントは非承認のまま、私だけで読ませていただきますね。
レス漏れがあるかもしれません・・
その場合は新記事に投稿していただけると助かります。

メールもいっぱいいただいていて、返信メールをしたいのですが、
メールだと色々考えてしまうので今はごめんなさい。
心配してくださって本当にありがとうございます。

私は泣きたい時に泣いて、でも、なるべく動くようにしています。
あまりのことで納得がいかない部分もあり、火曜日も水曜日も
病院に行って、詳しく入院中の状態なども聞いてきました。
(火曜は主治医、昨日は違う先生に聞きました)
そういったことを出来るパワーはあるので大丈夫です。

外にもなるべく出ようと思っています。
ご飯あまり食べたくない~というのはびっちゃんの時から
続いていますが、1食は必ず食べています。
それがお煎餅だけだったり・・といった思いきり偏食なとこはありますが。。
まーくんも、他のシニアっこ達もいるしね、気は抜けない。


hima20100113.jpg

これは、13日に載せようと思っていた写真です。
久しぶりに一緒に外に行ったの。
一緒に外は行きたがるけど、一緒にいたいだけで外は怖い。
この時も少し歩いて抱っこだったけど、一緒に空を見たんだよ。
お散歩コースだから、ワンコにいっぱい会うんだけど
小さいワンコにはあまり関心がない。
でも、大きいワンコに異常に反応をしてクンクンいっていた。
びっちゃんだと思った?違うよ~なんてひまに言っていたの。
お正月には珍しく外を歩いていた。
びっちゃんが亡くなった2日後のこと。
「私だって歩けるんだよ、ちゃんと見て」といっているように
私には思えていた。

ひまを思い出す瞬間。
分離不安ワンコだったから、私の姿が見えなくなると鳴いたり
悪さ(和室に乱入して猫のものを狙う&シーツ以外でのチー)を
したりする子だったし、他の部屋に行く時も、お風呂に入る時も、
気が抜けない約3年4ヶ月だった。
「またこんなところにしてる~」と「き・・きみはもう;;」な
毎日だったけど、あれはあれで苦笑もので、今となっては
悪いこといっぱいしてもいいからもっと一緒にいたかった。
怒るを通り越して苦笑でしかなかったしね。

リビングの向こうに行っても追いかけてくるひまがいない。
お風呂の扉のカチっという音がしても静か。
夕方、ご飯の1~2時間前からリビングをうろうろしだすひまがいない。
猫がうんちをしても、反応するひまがいない。
外出から帰ってきても静かな室内。
チャイムが鳴ってもギャンギャン鳴くひまがいない。
これ以外でも、色んな色んな瞬間にひまが頭をよぎる。

ゆうを闘病の末に亡くして、ぽっかりあいた私の心に
うまーく入ってくれたひま。
最近の読者さんは知らないと思いますが、ゆう亡きあと、
四十九日を過ぎるのを待っていただいて、一時預かりワンコとして
保護団体からうちに来たのがひまなのです。
病気が見つかったりもしたからそのままうちの子になったひま。
お産をいっぱいさせられてポイってされちゃったけど、
ひまの性格上、それはそれで受け入れていたと思う。
うちに来てからの3年4ヶ月のほうが面白くなかったかもしれない。
いつも楽しげなワンコだったしわからないけどね。

亡くなる前の日の夜、
酸素室にいるひまに「お水飲んでね」って指をさしたらちゃんと飲んでくれて、
私を見て喜んでくれたこと。これがちゃんと反応してくれた最後の姿。
翌日に行った時には苦しそうな呼吸で、こっちを目ではみるものの、
寄ってくる元気もなかったから・・。

ひまちゃん、苦しいくらいに大好きで、会いたいです。

びっちゃんにもあの後もお花をいただき、そして今回もひまに
お花を送っていただき、普段はお花を置かない我が家に
華やかな一角が出来ています。

ありがとうございます。
こんなに想っていただけて、飼い主としても幸せです。

びっちゃんのことがあったし、記録として残したいことも
今まで書けずにいました。ひまちゃんのことももっと書けばよかった。
ここ最近の写真を追々載せようと思います。


 
ひまちゃん他界・・
ひまちゃんまで私たちの元からいなくなってしまいました。

昨日の朝は普通にご飯も食べていたのに、
義母の施設、買い物などに行き、帰宅したらいつものように
吠えなくて、あれ?と思いケージから出すと呼吸がものすごく荒くて
心臓の病気をもっているし、すぐに心臓だと思いました。

預けて検査をした結果、心肥大が進み、循環機能の低下により
肺の機能が落ちているという説明をうけました。
その時は預けた時より呼吸も落ち着いていたんですが、
今朝は昨日より悪くなっているということで、検査を早めにしたそうです。
「ご飯は食べたかな」というのを聞こうと思って電話をしたら
「容態がよくない」という報告で、友達と会う予定だったので
一緒に病院に行ってもらいました。

結果として、酸素室にいるひまを見た時には、昨日より荒い呼吸。
獣医師から言われたのは、今日もつかどうか・・ということでした。

最期は友人と看取る形になりました。
肺水腫もおこしていたので、最後は鼻から水が出てきました。
それまで、体を上下させて苦しそうに呼吸をしていたんですが
最後は脳貧血、低酸素状態になってしまった為、意識がなくなり
そのまま眠るように息をひきとりました。

すっごく手がかかるワンコだったけど、この子の明るさに
私はすごく助けられました。びっちゃんがいなくなって
わがままが酷くなったけど、もっともっと遊んであげるべきだった。
まさかこんなに急にサヨナラなんて考えもしなかった。
それが心臓疾患の恐ろしさなのだろうけど・・・。

ひまちゃんはいつもチャカチャカしていて、帰ると体中で嬉しさを表現して、
いつもヘラヘラって笑顔でいた・・。お客さん大好きで、べったりくっついて。
あのカワイイ笑顔をもう見ることが出来ません。
昨日までは横を見るとニコってしてくれていたのに。

急すぎて、何がなんだかわかりません。
ひまちゃんの死は・・・かなりきています。
ひまちゃんがいなくなったら静かになっちゃうね・・
そんな話をずいぶん前に夫としたことがあります。

そんな日がきちゃいました。

友達が一緒に居てくれてよかったです。
友達にも悲しい思いをさせてしまったけど・・。

とりあえず、今はうまく文字に出来ません。
私のキャパは超えちゃいました。

あの、ひまたんスマイルを、たまにでもいいので
思い出してあげてください。



 
ひまちゃん入院しちゃいました
※ 携帯から更新

何か、何かきっとあるって心のすみで思っていた。
まーくんの調子も下降気味だったし…。

そしたら、なんと、ひまが入院です。
心臓疾患があるひまがいつなってもおかしくないことに。
死んでしまうかと思うほどで、慌てて時間外だけど病院へ。
確実に入院になると思ったので近所の病院へ行きました。
心臓の検査をうけているのもこっちですしね。

今は酸素室に入って点滴をうけています。
明日はもう少し突っ込んだ検査をしてもらいます。
明日の退院も難しそうです。

びっちゃん、ナナちんの逝去に続き。。。
立て続けだとダメージでかいですわ。
心臓が悪いということはこうなってもおかしくないと、
いつかはこうなるとわかってはいるんだけどね。

さすがに精神的に頑張れる限界ギリギリです。

コメント、メールのお返事は少しお待ちください。
ごめんなさい。


 
大丈夫なわけがありません・・
私は大丈夫。
そんなふうに言って笑っている。
だけど・・・本心じゃない。

幸せになってほしかった子。
私なりに精一杯愛情を注いだ子。
びっちゃん中心の生活だった。
出掛けることも出来なくなっていた。

その子がいなくなって、自分の時間ができて、
普通でいられるほうがおかしい。

人前でぐずぐずしたくはないし、人前では普通にするよ。
でもそれは、平気なふり、あくまでもふり。

私は他の子たちの為に元気にしていなきゃいけないの?
自分の気持ちを押し殺して我慢するの?
子供の時から我慢するということは私の中では普通。
我慢して育ってきた。
でもそれは、結果として自分をおかしくする。

私はみんなの前ではほとんど泣かない。
でも、これ以上に私は頑張らないといけないの?
そんな思いで葛藤していた。

そんな時にコミュニケーターさんからのメールにこう書いてあった。

今は、思いっきり泣いて下さい。
涙や悲しみを抑えると、更に長引いたり、鬱の状態に陥ります。
私は泣く事を我慢しようと決め、入浴時だけこっそり泣いていたら、
食事もとれなくなり、外出もできなくなりました。
そうなってしまうと、子供達(ワンコやニャンコ)のお世話どころでは
なくなってしまいます。
だから、今は泣いて下さいね。
でも1つだけ約束して下さい。
そんな中でも、楽しい時間はあるはずです。
その時間を、少しずつ増やしていって下さい。


まるっきり私と同じでした。
闘病時、どんどん衰弱していくびっちゃんをみていて辛くて
お風呂やトイレでこっそり泣いていました。
どんどん私はおかしくなって、ご飯も食べられなくなって
精神的にどんどんおかしくなっていった。

そして・・・
そんな時に、これは必然だったと思うんだけど、MJの映画を観た。
洋楽に一切興味がなかった私がだ。そして、恐ろしく元気をもらった。
再上映後はIMAXに2度行っただけでその後はびっちゃんの
介護に明け暮れていた。でも、9日から近所で再上映が始まって
私は毎日映画館に通っている。MJに会いたいからだ。
でも、その裏には、家にいるのが辛いというのがあるのも事実。

帰りはバスを降りた後に1番通りたくない道を通る。
びっちゃんが1番走った交差点。
思い出したくなくても思い出す。
夜なのをいいことに、こっそり泣く。

笑って話せることもあるし、けしてペットロスではない。
ただ、亡くなってすぐに立ち直れるか?ということ。
だって、まだ2週間だよ・・。
無理に元気を出したり、忘れようとして出来るものではない。
元気になろう!忘れよう!と思って出来るなら楽だよね。
時間をかけて自然に私はみんなを思い出の中の子にしていく。

同じような思いをしている方たちも、けして無理はしないでほしいです。
自分を追い込まないでほしいです。すぐに元気になれなくて当たり前。
その子を思い出して泣いて当たり前。

chibi20081129-3_20100116232939.jpg

先日「ペディグリー」公式サイトのコンテンツ制作を担当している方から
メールをいただきました。コラムに沿ったブログを紹介しているとのことで
チビの記事に目をとめてくださったようです。
公式サイトのこちらで関連ブログとして紹介されています。
(自分での登録も出来るようです)
バックナンバーを含め、なかなか興味深い内容でした。
是非ご覧ください。


 
あんな雑種の犬を??
タイトルの言葉は、私が見知らぬ人から言われた言葉です。

映画館にチケットだけ買いに行った時に、同時に上にあがった女性がいた。
映画館は建物の3階、4階にある。1階にはパチンコ店。
けして、安心な場所ではない。
私はここにチャリを置くのさえ「悪戯されないかな」と思うほどだ。

そのパチンコ店がある1階の、暗くて寒い場所にその女性は
犬のリードをパイロンにひっかけただけで上に上がって行ったのだ。

「この人もチケットだけかな」という頭で私は声をかけてみた。
チケットを買うだけでも5分ちょっとはかかるし、
あんなところに置いて行って大丈夫?と思ったから・・。

「犬、置いて行って平気なんですか?」と聞いたら、
なんと「2時間くらいだし大丈夫」と!
おいっ、映画観るんかい!!

ヘラヘラしていて、この人言っても無理だろうなと思った。
それでも「この辺、犬の連れ去りが多いの知ってますか?」と言ってみた。
実際に凄く多いから。。そこでかえってきた言葉がタイトルの言葉。

あんな雑種の犬大丈夫よーという言い方。
「雑種とかそんなの関係ないですよ」と言ったら階段から犬を
見ていたから私はそのまま上に行った。
で、チケットを買って下に下りたら、犬はお散歩バックと一緒に
冷たい土の上で伏せをして待っていた。
あ~、結局行ったのか。。
何も散歩の途中に映画観に行くことないよなー。
買い物ですら信じられないって思うのに。

でもそのワンコ、いつものことのようで、飼い主を探すでもなく
吠えるでもなく、ただただ待っていた。

純血なら危ないと思っているのかな。
あんな雑種の犬とかいう発言も、汚れまくっているお散歩バックも、
全てに愛情の無さを感じた。

びっちゃんだって雑種だったけど、そんな事思わなかったし、
思わないのが普通。散歩の途中で犬を置いて何かするなんて考えられない。
ましてや映画・・・・家に連れて帰ってから行けばいいのに。

色んな意味で嫌な気分になった。
もっと言うべきだったかな、でも言ってもこの人には通じないなと
思った私にも嫌気がさした。


 
サイクルバッグ
一時期、真剣にびっちゃんの転院を考えていた。
そして、私がチャリ移動が出来る病院へも問い合わせをしてみた。

M動物病院・・まともな診察をしなかったところ←ちなみに凄く評判が悪い。
レントゲンで急変して意識が朦朧としてヨダレを垂らしている北斗を見て
笑っていたのは忘れない。どうしようと言いながら笑みを浮かべていた。

T動物病院・・ゆうを見放した病院。
1回行って「あの先生はちょっと・・」と言う人もいたけれど
私は案外平気だった。頼りない院長だなーくらいで。
でも馬鹿か?と思うことを言ったり、挙句にはBUN140超いったゆうを
見放した。どうするかは○○さん次第ですよって言った。

この2つの病院にも電話をしたけれど、返答は書かないけれど、
駄目だと思った病院はやっぱり駄目。
でも、そうしようと思うほど、主治医を信用できなくなっていた。
人の心を持っている?と思ってしまうような診察をする獣医師が苦手。
もちろん、それだけではないんだけどね。

チャリ移動で行ける範囲に1つだけ行った事がない動物病院がある。
まだ開業して1年くらいなのかな。
そこは瀉血もしてくれるというし、弱っている子には
いくらチャリでもきつい距離ではあるんだけど、
11月頃は真剣にびっちゃんを転院させようと動いていた。
結局、どんどん状態が悪くなって、それどころではなくなったけど。。


転院を考えて買ったサイクルバッグ。
おっ、びっちゃんにいいね!とシュナを見て思ったなー。
結局使うことがなかったこれは、今も箱に入ったまま。
これ、デザインが変わるとかで在庫処分でめちゃくちゃ安かったの。
通常12800円くらいのやつが3000円くらい(送料も込み)で買えた。
ポケットも多いし、結構良さげです。

s20100108.jpg

出番がくるのは、チャリで2匹以上連れて行きたいときだね。

s20100108-2.jpg

s20100108-3.jpg

s20100108-4.jpg

君たちはまだ元気でいてくれ。


 
今日で一週間
※ 携帯から更新

いつもなら寝ているこの時間、まだ起きています。
WOWOWで「余命」を0時から観ようとしたからだけど
あまり集中出来ずに1時前に消した。
でも、眠れません。

夫がもう出勤をしたんだけど、とても不思議な感覚が…。

びっちゃんがいるような気がしているの。
魂としてではなくて、いると思っている。

夫に「びっちゃん、おしっこしないかな」と言いそうになった。
夫を送り出してリビングに戻ってもなお、「びっちゃん起きてないかな」と思った。
何だろ。

今日でびっちゃん他界から一週間だよ。
そして今の時間帯はいつもびっちゃんが私を呼んだ時間。
亡くなった日の2時35分の写真がこれ。
ちょうど一週間前になるね。
この時は、この日が最後の夜だなんて思わなかった。

もう一週間たつのか…変なキモチ。

20100108023813.jpg

携帯投稿はやはり写真が小さかったので修正しました。


 
何度経験しても・・・(写真あり・注意)
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最期までのこと
プレドニンを飲ませても食欲はほとんど戻らず翌日に少し食べるだけ。
強い薬を飲ませて少し食べさせる意味はもうないと感じた。
もうここまできたらびっちゃんを辛くさせる事になる、
もうやめよう、自然に任せようと思った。

ただ、鼻の症状は酷かったし、注射と輸液は亡くなる日の朝までしていた。
止血剤を注射しても止まらない、鼻血、下血。

悪性腫瘍の可能性は言われていたし、そのせいなのか、
もしくは血小板がもっと低くなっていて止血出来ないのかはわからない。
鼻血で汚れて、下痢をすれば血の色で…これはきつかった。
処理をしながら「びっちゃんを苦しめるなよ」と口にしていた。

亡くなる前日からは何も口にしなかったけど血の色の粘液まじりの下痢便は出た。
そして、あのびっちゃんが何度も声を出した。
私がそばに居ると少し安心なようで、横に寝かせて身体をさすっていた。
「びっちゃん、もう頑張らなくていいよ」私はそう言った。

眠ることも出来ていないし、1日の午前中に安定剤を使った。
同じように最期の闘いをしている子を楽にさせるために
安定剤を使っているケースが多いと知り、効く子はそれで
眠れるようになるというのも知って、いつかうちも使うのかなと感じていた。
これはもう本当の最終手段だった。でもそれも効き目はなかったかな。。
1回分しか買ってなかったから1日に数回分と痛み止めを買いに行ったけど
それを使うことなく、その日の夜に旅立っていった。

最期の瞬間。
あの日、私は眠れない日が続いたのもあって2時間くらい寝た。
その時、夫はキッチンで料理をしていた。

20時頃、何も音はしていないし、起こされてもいないのに目が覚めた。
私の頭のすぐ上で夫がびっちゃんの下痢の処理をしていた。
「また出ちゃった?」そんな会話を夫とした。
それくらいの会話をしちゃうほど、びっちゃんはいつもどおりだった。
いつもどおりというのは、いつもどおりにグッタリという意味だけど
今すぐどうこうとは思わない状態だった。

でも・・私のほうを見ていたびっちゃんがいきなり口をパクパクし始めた。
「ねー、びっちゃんおかしくない?変な呼吸してるよ」と言って
たった2~3分でびっちゃんは永遠の眠りについた。
夫と二人でびっちゃんの最期を見届けた。
頑張ったね…それしか言葉は出なかった。

あとから夫に聞いた。
キッチンにいたのに、びっちゃんが下痢したって気付いたの?と。
夫いわく、呼ばれた気がしてそばに行ったら、びっちゃんが下痢をしていたらしい。
鳴いてもいないし、物音がしたわけでもなかったと言っていた。
私が自然に起きたのと同じだ。
びっちゃんは、私たちに知らせてくれたんだと思う。
最後のサヨナラをちゃんとしたかったんだと思う。

その日は私の横で寝かせた。
息を引き取っても血は出つづけた。
結局、お寺に着いても血は出ていて、最後までびっちゃんは血で汚れた。
何度も何度も拭いて、綺麗なびっちゃんで送り出したかったけど
拭いても追いつかなかったよ…。

最後の日の朝、1日ぶりの濃いおしっこをシーツに連れて行ったらしてくれた。
支えられながら自分の脚で必死に立っておしっこをしたびっちゃん。

びっちゃん、本当に頑張ったね。
いつまでもびっちゃんは私にとって大事な大事なワンコだよ。



 
限定記事に関してのお願い
限定記事に関して12月にも書かせていただきましたが、
今回いくつかお問い合わせをいただいたため、再度リンクさせていただきますね。

こちらの記事です

そこにも書いてありますが、基本的にやり取りがない方へは
パスワードはお知らせしていません。
中にはコメントが苦手でロムをしてくれただけの方もいると思います。
(私がそうなのでこれはよくわかります)
今までそうだったけど、今回こうなって限定記事を読みたい方もいるかもしれません。
でもインターネットという場では、その人のことを知ることができません。
せっかくご連絡をくださったのに申し訳ないのですが、やはりこの辺は慎重に
すべき部分だと思っています。見て楽しい話でも写真でもないですから・・。
出来る限りのことは公開記事で書いていきますので、その辺ご了承ください。
本当に本当にすいません。

コメントでのやり取りもない、ブログもやっていない。
でも、今までメールをくださった方には近々お返事致します。

ここまで慎重にするのは、うちのブログを探そうとしているのを
わかる解析があるから・・それも理由のひとつです。
過去にやり取りがあった方かもしれません。
でも、過去は過去で、今を知ってもらいたいとは思っていないんです。
それに、動物病院関係の方にも限定記事は読んでほしくはないので・・。
そういった意味からも、限定記事への公開は慎重にさせていただいています。

尚、パスを知っている方へも再度お願いがあります。
パスをお知らせする際に書くようにしているのですが(忘れている場合もあるかも)
パスの口外はけしてしないでほしいです。

びっちゃんの記事を書き終わって少ししたらパスは変更しますが
びっちゃん亡き後もこちらに来てくださるパスを知っている方は
遠慮なく再度お問い合わせしてくださいね。

教えることが出来ない方へは本当に申し訳なく思っています。
ごめんなさい。


 
旅立った命たち
2005年から旅立った命たち。

bone20100105.jpg

右の棚の上にあるのがナナちん、下の大きいのがびっちゃん。

ナナちんは、ミントよりは大きいから形はあったけど、
やっぱり鳥さん火葬は難しそうだなーという印象。
今回は2度とも人が結構いて、涙ナミダの人たちでいっぱい。
釣られ泣きする私は必死でこらえた。

びっちゃんはね、とってもしっかりした骨だったよ。
「甘えん坊おやじ~」ってかまえないのは悲しいな。
うちは女の子しか居なかったし、男声のびっちゃんがおかしくて、
首のところを触ると気持ちいい声を出すびっちゃんに
よく「おやじ~」って言って、ウニウニしていたの。
私にとってはカワイイカワイイおじちゃんだったの。

そんなびっちゃんは、毎晩夢に現れてるんだ。
そして、影とか気配とかではなく、おじさんになって私のところに来た。
最期近くにいつもびっちゃんは同じ時間帯(夜中の2時半前後)に
私のことを呼んでいて、それから私はびっちゃんのお腹や背中を
さすって朝を迎えていたの。

で・・まさしくその時間に、私の横におじさんが。
顔をハッキリ見たわけではなく、おじさんというイメージの物体。
でも口にした言葉はハッキリ聞こえたんだよ。
それがね・・

ちゃんと布団かければいいのに

私は布団をすぐはいでしまう女でして。。
もしかしてびっちゃんはそこが気になっていた?(笑)
びっちゃん、かけてくれよ~~~。

かずみさん、Nさん、○さん(一時預かりをしてくれた方)
お花どうもありがとうございます。
びっちゃんに「びっちゃん、お花が届いたよ、嬉しいね」って
報告しています。本当にありがとうございます。

昨日は、動物病院にお菓子を持って挨拶にも行ってきました。
かかりつけ医には今回は報告だけでいいかなと思ったんだけど、
今までもそうしてきたし、気持ちで・・。

点滴を処方してくれていた病院へは夫に行ってもらいました。
夫は主治医と会うのは初めて。
主治医は若い男の先生なんだけど、夫は高評価でしたよ。
私からは先生宛にお礼の手紙を書いて、夫に渡してもらいました。
そして今日、そっちの病院からお花が届きました。
一応、病院名で届くんだけど、ゆうの時に、主治医の気持ちで贈ると
いうことを聞いたし・・・嬉しい気持ちと申し訳ない気持ち。
びっちゃん、1度しか連れて行っていないのに、びっちゃんの
ストレスが少なくすむようにって点滴もさせてくれて
こっちがいっぱいのありがとうを言わないといけないのに。。
注射をさせてくれたことも、あの時のびっちゃんには助かった。
もちろん、経験がある(点滴や注射)からさせてくれるんだけど、
「うちにかかっている子じゃないから」と言う先生は多いと思うし
本当に感謝なんです。

さて。
明日から夫は仕事です。
夫が居たから家をあけることも出来て気晴らしにもなったけど
ひとりになったらもしかして現実にドドドーンと戻されるかも。
明日から少しずつ、びっちゃん最期のことを書こうと思います。

お花に囲まれた最期の姿は限定記事のみにします。
生前の写真は公開記事に載せますね。


 
変な毎日と、ナナちんサヨナラ・・
まだ、最後のことを記事に出来ませんが・・・

おかしな、何これ?な毎日。
まだ3日なのに、、、。

朝起きると何よりも先にびっちゃんのおしっこチェックだった。
(寝たきりになる前)
おしっこをしてしまっていれば、シーツを洗って、身体を拭いて、
まだしていなければすぐにシーツに連れて行って。
そしてご飯の用意をして・・2時間に1度ペースでシーツに連れて行って
おしっこをさせて。出掛けても、いつも時間をみて「そろそろご飯」
「そろそろおしっこ」そんな毎日をおくっていた。

今は、布団から起きてもすぐに動き出す必要がない。
ボーっと座っていると、ひまがやってきてゴロンゴロン転がって甘える。
びっちゃん亡き後、ひまの赤ちゃんがえりのような甘えっぷり、
悪くいえばわがままっぷりに振り回されている。
ヘラヘラ娘も我慢していたのかなーと思いつつ、いきすぎて私に怒られる。

びっちゃんに気がいきすぎていると思うことは多々あった。
私なりにみんなをみている気でいても、そうではなかったはず。
その結果・・・・今日、バナナが息をひきとった。

朝は普通に「おはよう」ってして「ピュイ」ってお返事もしていた。
気付いたのは17時半。
看取られることなく、下でバナナは眠っているかのように
亡くなっていた。ミントの件以来、鳥の病院に行けなくなって
健康診断をしていなかった。ご飯も減っていたし、何で??と
事態をのみこめず。。でも、病気を隠していたんだろうな。

ミントの時に、小鳥は小さすぎて火葬が難しいことも知り、
今後はどうしようって思っていたんだけど、
オカメサイズだとさすがにベランダで土に埋葬というわけにもいかず
バナナも火葬することにしました。また明日お寺に行ってきます。

予約の電話をしたら、名前を言っただけで「この間の・・」と
分かってしまいました・・。今年はもしかしてサヨナラの年なの?

ナナちん、ひとりで寂しく旅立たせてしまってごめんね。。


 
びっちゃんがいない生活
びっちゃん他界の記事のみお返事させていただきました。
鍵コメさんはどなたかわかるようにイニシャルにさせていただきました。

前記事は生前だったので、レスはごめんなさい。
メールをくださった方へのお返事はもう少しお時間ください。

びっちゃんは、他の子よりも大きな骨壷に入ってお家に戻ってきました。
その時のことなど、少しずつ書いていこうと思います。

死後のことでも書きたいこと、載せたい写真などがあります。
でもそれは、限定記事にさせていただきます。
パスを知っている方でも見たくない方はその記事は
読まないようにしてくださいね。(わかるようにタイトルに書きます)

びっちゃんの事に追われていた毎日。
今は時間を気にして何かをするということがなくなりました。
家にいるとしんどくて、外に出ている時間が多いです。
でも、外に出ると何故か悲しくなる・・変な気持ちですごしています。
だけど大丈夫です。うじうじメソメソは一瞬だけな性格ですし
笑って、ひまちゃんを怒って、にゃんずに絡まれて・・・
びっちゃんの介護がなくなっただけで変わりはない日常です。
びっちゃんのことを言葉で話すことが出来るまでには時間はかかりそうですけどね。

明日はお世話になった2つの動物病院に報告をしに行ってきます。
私は泣くのが目にみえているので、菓子折り持参で夫に行ってもらいます。
こんなところはヘタレです。

chibi20100101.jpg

亡くなる7時間前の写真です。
びっちゃんの薬を買いに行って、ただいまってしているところ。
おむつ交換をしたついでに抱っこして撮りました。
最後の2ショットです。
びっちゃん、ちゃんと眼は私を見てくれているんですよ。

もう少し、びっちゃんの話を書かせてください。
一度に書くだけの気力はまだないので分けて書かせていただきます。


 
さようなら、そしてありがとう。
一緒に年越しをしようね

そんな願いを叶えてくれました。
そして・・20時5分、びっちゃんは永遠の眠りにつきました。

生まれ変わったら、今度は絶対に棄てたりしない人と一緒になるんだよ。
苦しいけど、病院ばかりだったけど、頑張ったね。
そして、大勢の人に愛してもらって、応援していただきました。
感謝してもしきれないほどの気持ちをいっぱいいただきました。
心より感謝致します。

急なことではなく、覚悟もしていました。
でも、誰もが何故か微笑んでしまうあのびっちゃんに
もう会えなくなるのは悲しいです。
だけど、苦しいあんな声を聞くのは初めてで、
あの苦しみから解放されたのはよかった。

落ち着いたら、限定記事を含め、皆様へはびっちゃんの頑張った姿、
最近は載せることが出来なかったこともお話しようと思います。

明日13時にびっちゃんは荼毘にふします。

取り急ぎ、応援してくださった皆様へのご報告でした。

いつかまたこの笑顔が見たかったな。
chibi20081024-4_20100101205954.jpg



 
2010年、あけました。
※ 携帯から更新しています。

心臓が強い、生命力がある。
それは時として辛いことになる。

びっちゃん、もう楽にさせてあげてほしいと思う。
昨日は一切食べなくて、もう丸1日近くおしっこも出ていない。
鼻血も鼻水も相変わらず出ているし、朝から下痢続き。

怠いのではなく、苦しいか痛いんだと思う。
時折、鼻をならすだけではなく声まで出すようになった。
さっきから「うお~ん」って鳴く。

もう、この身体とバイバイする日は近いんだろう。
抱っこしたり、撫でたり、そんな事しか出来ない。
こんな年明け最悪だ。
ただ一人、目の前のびっちゃんを見ているしかない。

この苦しいのがいつまで続く?
もう頑張る必要はない。

経験者であればわかること。
苦しむ姿をみることの辛さ、その子の苦しみ。
寝たままスッと旅立ってくれることや
痛い、苦しいがないといいと思っていたよ。
グッタリ寝たきりで昏睡状態でもいい。
下痢も嘔吐もなくて、ボヤっとした状態のほうがマシだ。

朝になってもおしっこが出なければ、おしっこだけ出してもらえないか
かかりつけ医に電話をしようと思う。
休診でも獣医さんは一人いるはずだから…。
そういった処置をしてもらえるかはわからないけど。

ずっとずっと苦しそうに声を出してます。
暗いと不安かもしれないし電気をつけたままにしています。

不安でどうしようもなく、かと言ってメールをする相手もいないので
ここに書いてしまいました。

ずっと苦しかったのに、最期は苦しんでほしくなかった。
せめて意識がないくらいに寝たままがよかった。

これがいつまで続くか怖いです。
一緒にまだ居たくても、苦しませたくはないです。


 
管理人@マホ

マホ

おちび達がいきがい。

マイケルジャクソンが大好き。
2010年の命日はLAに
行きました。

嵐の相葉ちゃん好き、
金爆のキャンさんLOVE。

34歳で子宮体癌になり
子宮卵巣摘出。
以来、卵巣欠落症状と闘う。

統失、PD、鬱もち。

2011年に離婚し
4にゃんと暮らしていましたが、
3にゃん他界。
現在は1にゃん+1ワンと生活中。

2014年5月
関節リウマチ発病。
現在動けない毎日。

マホ家のチビっこたち

もみじ
椛@シェーデットシルバー
♀ 里子に貰う

結膜下腫瘤


亡くなった子たち

ゆう
ゆう@ヨーキー
14歳 ♀ ペットショップ出身
慢性腎不全、心臓弁膜症、腫瘍
認知症気味、膝蓋骨脱臼
2006.8.6 PM10:10永眠


・・・・・・・・・・・・
ひまたん
ひま@ポメラニアン
♀ 保護犬(センター処分犬)
心臓弁膜症
2010.1.18 PM12:30永眠


・・・・・・・・・・・・
チビ
チビ@テリアMIX
♂ 保護犬(飼育放棄犬)
多血症、心臓弁膜症
2010.1.1 PM8:05永眠


・・・・・・・・・・・・
あーちゃん
あーちゃん@日本猫
16歳 ♀ 雨上がりの路上で拾う
2005.8.15 PM8:50永眠


・・・・・・・・・・・・
ほくと
北斗@チンチラゴールデン
11歳 ♂ ペットショップで貰う
2005.4.16 PM8:50永眠



将也
将也@チンチラシルバー
17歳 ♂ ペットショップ出身
慢性腎不全、肥大型心筋症
2011.8.17 PM6:45永眠



・・・・・・・・・・・・
睦月
睦月@チンチラゴールデン
17歳 ♀ 里子に貰う
2012.6.26 PM11:45永眠


・・・・・・・・・・・・
息吹
息吹@チンチラゴールデン
16歳 ♀ 北斗と睦月の娘
慢性腎不全、子宮蓄膿症(捻転あり)
2013.3.16 PM5:15永眠


・・・・・・・・・・・・
ミント
ミント@セキセイインコ
オパーリンブルーの♂
2001年11月24日購入
2008.4.20 AM4:40永眠


バナナ
バナナ@オカメインコ
パールパイドの♀
2002年11月1日生まれ
2010.1.4 PM永眠

幸せをつかんだ子たち
メイ
メイ(現@にぃにょ)
センター引取り猫(CATNAP)
2007年8月~2008年6月預かり
里親様・横浜市のF様。
・・・・・・・・・・・・
テン
テン(現@のわ)
センター引取り猫(CATNAP)
2007年8月~2008年6月預かり
里親様・横浜市のF様。
・・・・・・・・・・・・
レモン
レモン

2011年1月、里子に行く
里親様・横浜市のU様。
・・・・・・・・・・・・